04:飯能
・2km強の直線道路はうんざりするが楽しくもある
・木呂子という所からの山道は暗くてスリルがある
・距離と時間の計算がうまくなく、最後は暗闇のてくてく旅になってしまった

 飯能---高麗川橋---越生---田中---小川町---折原駅---寄居 36.3km
 1999年9月11日





 9月11日、今日はJR八高線の東飯能駅から歩き旅の開始だ。まずは西口から駅前通りに出て商店街を北に向かう。商店街を抜け、暫く歩き中山のT字路を右折して飯能寄居線を進む。T字路の近くの家で、白い小犬と目があったのでシャッターを押してみた。


 高麗川近くの上鹿山まで進んでいくと左手に高麗神社が現れる。大きな神社なので小休止する。高麗神社を後にして暫く進み、高麗川駅近くの商店街を通過して進んでいくと高麗川に架かる高麗川橋に出る。橋には車道とは別に歩道がついているので歩きやすい。


 高麗川橋の先で道は蛇行する。暫く進んでいくと毛呂の商店街を通過し、やがて越生の町に入る。道を進んでいくと住吉屋の前には「一里飴」の由来が刻まれた石碑が現れる。そこには、足利時代に越生の梅の蜜を配合した医薬飴が作られ、その後、江戸末期に毛呂村出身の勤皇国学者権田直助が江戸から京都へいく時に、日本橋から品川大木戸まで口の中にあったことからこの名がついたと述べられている。「へえ〜」と感心したが飴は買わずに先に進み、越生駅前を通過する。


 暫く進んでいくと民家の横に都幾川村指定の天然記念物の大銀杏が現れる。807年に植えられ、元禄年代に二度火災にあったが現在まで続いていると解説されている。確かに古い大銀杏だが、807年という平安時代の始めごろにここに村があったのかといささか疑問が湧いたが深くは考えないことにしてシャッターを押す。


 その先に進むと、八高線と平行して進む道となり、つかず離れずで進む。途中、セイタカアワダチソウの群生があったのでシャッターを押してみた。小川町駅を過ぎると、道路は遥か彼方までつづく直線の道となる。うんざりするがただただ黙々と2km強の直線を歩ききる。


 八高線の竹沢駅前を通過するころには暮れかかってきた。254号線の道は駅より1km位先で右にカーブして八高線から離れていくので、車道と分かれて八高線沿いの道を進むことにする。木呂子という所からは舗装の無い、街灯もない山道を進むことになる。夕闇に包まれた誰もいない山中を500m進み、線路を渡って暗い沼の傍を通過する。人気の無い沼で何かが動いたような気がしたのでギョッとしたが、よく見てみたら釣りをしている人だった。あんな暗い中で釣りをするなんて、と驚きの余韻を残しつつ歩く。


 折原駅前を通過するころには夜の闇に包まれた旅となった。駅の先で右折し、その先のT字路を左折し、正喜橋から薄闇の荒川を眺めつつ渡河し、緩い坂道を上っていくと寄居の駅前に出る。ヤット到着した、が完全に日は暮れていた。駅左手のシッピングセンター・ライフのトイレで顔を洗い、レストランで夕食を食べて一休み。その後、駅の反対側(北口)のビジネスホテル一心にたどり着く。こんなに遅い到着になるとは思わなかった。反省!


(03八王子) (05寄居)

ホーム本州横断>飯能