13:十日町
・信濃川の青々とした流れが美しい
・信濃川の西側は台地となっていて田圃が広がっている
・雪峠は会津軍が官軍と戦った最初の激戦地とのことだ

 十日町---千手---野口---雪峠---上ノ山---小千谷 26.7km
 2001年5月6日





 2001年5月6日、8時10分に旅籠・百足屋を立つ。百足屋の近くの通りを西に向かって進むと町中を抜けて、やがて信濃川を渡る十日町橋にでる。橋の袂には「雪ときもののとうかまち」と刻まれたモニュメントがある。その先には青々とした水が流れる信濃川がある。橋を渡って右折し、暫く進み、トンネルを通過すると川からは一段と高くなり、水田が広がる台地となる。


 暫くは信濃川から離れた水田地帯の千手、野口という集落を進む。道路の近くの民家にはチュウーリップが綺麗に咲いていたのでシャッターを押してみた。また、田植えの準備作業とチュウーリップとの西洋的な組み合わせにも出会ったので撮ってみた。


 信濃川は見えないが、行き交う車も多くなく、のんびりとした景色を眺めながら黙々と進んでいく。やがて石名坂という集落を過ぎると再び信濃川が近くなる。道路の右手に田圃が開け、その右手には信濃川が流れ、川向こうには岩沢駅があるという景色ののいい林の所で、昼食タイムをとることにする。足の痛みが酷くなってきたのでこの先が心配だ。悠々と流れる信濃川を眺めつつ、百足屋で作ってもらったおにぎりを頬張る。昼食を終えて出発したが、足が痛いので近道をしようと川沿いに進んでいくと、行く手を小川が遮っている。荷物がないなら飛び越せるが荷物を背負ってはぎりぎりで無理だと諦め、車道にでることにする。近道をするつもりが逆に遠回りをする結果になってしまう。不遇な自分に耐えて歩く。


 芋坂の集落の手前で左折して進んでいくと今から葉を着けようとしている大きな桐の木が現れる。何となく絵になるなとシャッターを押してみる。更にその先に進み、峠を越えると緩やかな下り坂となり辺りは田圃が広がる景色となる。道の左手に雪峠の石碑がある。「明治戊辰緒戦激闘之地」と刻まれている。会津軍は芋坂で官軍を迎え撃ったが3倍の兵力で攻められ雪峠に後退しつつ戦った。大砲や小銃で戦い、当初は優勢だったが遂に敗退し小千谷に撤退したとのことである。会津軍と官軍との戦闘はここからはじまったようだ。


 雪峠を後にし池ヶ原の集落を越え、四ツ子の集落から小千谷の本町を目指して足の痛さを堪えつつ進む。上ノ山町を通過し小千谷小学校前を通って本町に進み、旭橋を渡り約1kmほど歩く。小千谷は駅前よりも橋向こうの本町の方が繁華街となっており、普通の駅前の様子とは違うなと感じる。不思議な町だなと思いつつ、足の痛みに耐えて進んでいくと小千谷駅に着く。駅前の階段が辛いが到達した喜びで顔がほころんでしまう。


(12一村尾) (14小千谷)

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