ウォーキングの合間の無駄口
先日より、本陣跡不明の東海道の宿場を調査していました。そこで東海道一、冷淡な宿と一部のひとがいっていた四日市宿について調査していたところ、ググッてみると結構分かってきました。まず橋を渡った先の笹井屋の先が宿場跡で、札ノ辻があってそこを中心にして東西南北に市がたったとのことであった。で、その辻の先にある黒川農薬店が黒川本陣跡である。だがその本陣は第二本陣で筆頭の本陣は清水本陣で明治まで残っていたというのだが、その位置を記したものが見つからないのだ。ということで、四日市の本陣について広く調査していくと、四日市出身者の明治、大正のころの文芸誌のなかに、札の辻の北角に清水本陣があったと記載してあるのを発見した。現在は跡形もなくなっているようだが、札の辻の北角に清水本陣があったようだ。なので、現地にいって、笹井屋あたりで聞いて確認する必要があるが、かなり確度が高いと思われる。長い間不明だった清水本陣跡があっさり判明してしまったのでうれしいやら悲しいやらで、気持ちは複雑です。ところで、四日市宿の繁華街はアーケード街の辺りなのだろうと以前は思っていたのだが、それは現代からの視点でしかないことがわかった。また、ガイドブックもかなり調査不足な点があるなと実感されもした。ということでそのうちに本陣跡のリストを更新しなければと思っております。ではまた。