10:笠石(かさいし)宿
・板碑の笠地蔵という珍しいお地蔵様がある
・その昔は笠石とも呼ばれていたので町名の起こりがここにあるのかも
・須賀川宿の手前には貴重な一里塚が両側に残っている

 笠石---一里塚---須賀川 5.9km
 2008年5月4日、5日





 緩い登り坂を進んでいくと左手に小豆色のなまこ壁の蔵が現れる。その先に進んでいくと宝泉院という寺が現れる。その先の右手の民家の庭には明治天皇御駐輦之所の碑が立っている。多分往時は庄屋か何かだった所なのだろう。


 その先に進むと左手の枝垂れ桜の下に笠地蔵が現れる。ここのお地蔵様は民話によく出てくる菅笠お被った地蔵様ではなく板碑だというのである。案内板には笠石とも記されているとのことなので町名の起こりがここにあるようだ。さて、どういうものかとお堂の中を覗いたがそれらしいものが見えなかった。お堂の横に回ってみると、他の場所から移設した文和碑伝型板碑とその解説があった。なる程笠を被った板碑だと得心した。


 更に宿場を進みたいが17時30分となってしまったので笠石宿の探訪を中止し、鏡石駅から矢吹駅に戻って旅籠「プチホテル」に行く。観光名所という所でもないのでお客は自分一人だった、静かすぎる・・・・。


 5月5日9時00分、再び笠石宿に戻り、笠地蔵の隣のコンビニで昼飯と飲み物、それとお菓子などを買って宿場内を進む。本町の郵便局を過ぎた先の左手に門構えの旧家が現れる。由緒ある家なのかと思い向かいのお菓子やさんに聞いてみたが知らないとのことだった。真っ直ぐに北東に伸びる街道を進み、笠石宿をあとにする。


 暫く進むと国道四号線と合流するが400mもいかない内に右にゆるくカーブして国道と分かれる。左右に松が植えられている下り坂を降りていくと須賀川の一里塚が現れる。両側とも現存しているが、旧国道の工事で街道が切り下げられたのか土手の上に存在しいるのがやや難点だ。日本橋からは59番目だと案内板に記されている。白河以北で現存している一里塚に出あったのは初めてだ。松並木や一里塚が現れると街道の風情が醸し出されて嬉しくなる。


 さて、一里塚を跡にして進むと国道118号線によって寸断されているので、左折して進み横断歩道を渡ってから戻ってくる。そして坂道を登っていくと、今度は東北本線で寸断されている。近くには「線路横断はしないで下さい」とJRの看板が立っている。東北本線の本数が少ないので渡れなくもないが、渡りやすい箇所には近所の人の犬が繋がれていて、吠えるので近づけないようにしている。これって嫌がらせでは・・・。


 ということで坂道を引き返し、東北本線のガードを潜って線路沿いに戻ってきて、再び街道を進む地点に立つ。旅人はマナーを遵守しなければと自分に言い聞かせつつ。街道を暫く進んでいくと車の多い通りと合流する。この先に進むと須賀川宿だ。



(09久来石宿) (11須賀川宿)

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