37:野内(のない)宿
・往時の風情を示しているのは関所跡と小学校前の松並木だ
・赤川の橋を渡った先の名残の松は街道の趣を残している

 野内---赤川---合浦公園---青森 7.2km
 2015年5月29日





 青い森鉄道のガード下を通過した先で、右手からの街道と合流するので、街道を戻ってみる。旧野内駅は跡形もなく消えていたが周りの柵には「構内への立入りを禁じます」との看板がやたらと残っていた。柵を越えたひとが大分いたようだ。街道は立派な貴船神社の前を通過し、先程の合流地点を通過して進む。


 その先の左手に野内番所(関所)跡が現れる。津軽三関の一つで南部藩に対する防御拠点として海側に弘前津軽藩、山側に黒石津軽藩が番所を置き守りを固めていたとのことである。しかし記録によると一日あたり6、7人程度の通行だったようで。番人も暇をもてあましていたようだ。


 幕末時の野内宿は小さな商店や農漁民の家など戸数60~70軒、問屋もあったといわれている。宿場の外れに位置していた野内小学校前には街道の松並木が残っている。その先に進むと野内橋を渡る。街道は住宅街となった青森市街地を進む。


 赤川の橋を渡った先でY字路となるので名残松のある右手へと進む。そのまま進んでいくと合浦(がっぽ)公園の前にでるのでそのまま直進して公園内を進む。


 公園の中頃の左手に三誉の松が現れる。樹齢400年を超える老松で、根元から三本立ちする珍しい大木である。歴代の津軽藩主が巡行のおり、ここで野宴を開き、自ら古樹に酒を献上したと案内板に記されている。また、公園内には池や沢山の石碑があるので一休みしたいが時間がないので先に進む。


 公園を出た先のY字路は左手に進み、港町一丁目のY字路も左手に進んでいく。やがて堤川に架かる旭橋を渡り、橋の袂を右折しその先で左折して進むとその先は青森宿だ。



(36小湊宿) (38青森宿)

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