12:三島宿(みしま)
・人口4048人、家数1025軒、旅籠74軒、本陣2軒
・三島大社は源頼朝が源氏再興を祈願して100日間日参し、平家打倒へと挙兵したところ
・徳川幕府は要衝とみて三島代官所を置き伊豆一帯を直轄管理した

 三島---三島広小路---伏見---大岡---沼津宿 5.8km
 2002年6月2日、2011年5月30日





 市内の通りを歩いていくと三島大社の鳥居が見えてくる。広重が描いたあの鳥居と街道の風景が、そのまま現代風になって目の前に現れた。思わずデジカメを取り出してシャッターを押した。暫しの間気持ちは江戸時代の風景の中タイムスリップしてしまっていた。大社の中を見物しようとして中に入っていったら、何と雲助徳利の茶屋でも会ったあの親子連れが帰るところだった。思わず「あれっ、早いですね」と声をかけると、奥さんが笑顔で微笑んでいた。どうやらバスで下ってきたらしい。大社のなかでは結婚式もやっているようで新郎新婦と招待客らが本殿への祈願を終えてぞろぞろと歩いていたので記念にと私もシャッターを押した。三島大社というのは平安朝から伊豆一の宮として信仰されており、かの源頼朝も源氏再興を祈願して100日間日参したとのことである。戦勝祈願して挙兵し勝利したことから、それ以降将軍や執権の参拝もあり、大勢の参拝者を集めた大社である。


 大社を出て市内の繁華街を通る街道を進んでいったが、樋口本陣跡や世古本陣跡を確認しないまま過ぎてしまった。三島といえば三島大社を見れば満足という気になってしまっていたのだ(失敗した!)。というわけで、後日(2011年5月30日)、再び三島宿を尋ねた。三島大社を後にして宿場を進むと右手に静岡銀行のある本町交差点を過ぎて暫く進むと右手のパン屋さんの先にリニューアルされた世古本陣跡の碑が現れる。その向かいのお茶屋・山田園の前には樋口本陣跡の碑が現れる。そして店の横には樋口本陣の案内板があり、本陣の茶室「不二亭」が三島大社に移築されているなどの解説が記されている。


 伊豆箱根鉄道の三島広小路駅の横を通過しY字路を左に入っていくと、千貫樋とその解説板がある。市内を抜けて進むと国道1号線と交差する手前の左に宝池寺があり、その横に一里塚が残っていた。国道を渡って進むと右手に長沢八幡神社が現れる。ここは挙兵した頼朝の元へ奥州から義経が駆けつけて、この石に腰かけて対面したという石である。僣越ながら私も座ってみたので記念にシャッターを押した。


 だいぶ足が痛むようになってきたし、炎天下の日差しが辛くなってきた。一路沼津宿をめざして進む。大岡南小学校の先で車道と別れ、左手の道に入ると道の左側には狩野川の土手が見えてくる。土手に登って暫く進み、広重の沼津宿の絵はこの当たりかとシャッターを押す。土手からおりて、1200~1300年前に原石を磨いて玉を造ったときの砥石といわれる玉砥石と一里塚を見る。そして三園橋の交差点まで進み、次に進むべき富士方向を確認して今回の旅を終え沼津駅にむかった。駅ビル内で汗だらけの顔を洗い、冷房の効いた喫茶店で休憩。昨日、今日の箱根越えの醍醐味とさつま揚げをお土産にJR東海道線の客となった。



(11箱根宿) (13沼津宿)

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